記述の方法、そして開かれるべき窓について
渡辺亜由美
白い紙の上に刻まれた、色とりどりの線。厳密に構成されたその画面は、しかし同時に朗らかで風通しが良く、まるで無垢な子どもの絵のようにも思える。ただし「子どもの絵のよう」と形容しうる作品は常に、己に厳しく弛まぬ鍛錬の結晶として表れてきたことをすぐさま思い出さねばならない。
たとえば《こ/う/ぼう》(2022)という作品。横に長いこの画面前景の茶は地面、後景の緑は山、そして斜めに走る朱は山間からの光芒をそれぞれ象徴するのだろう。小林信之が指摘するよう、こうした線と余白による画面からは作家自身が強く意識しているという書芸術との繋がり、換言するならば身体の運動を通じて意味と形象が立ち上がる「あいだ」への意識を見ることが出来るⅰ。ただし小島徳朗のこうした近年の作品群を見るとき、そうした理解や解釈とは異なる次元での驚きやためらいが発生する。それは自らを「日本画家」と称する彼の作品が、東洋/西洋、あるいは日本画/現代美術といったカテゴリーにはまらないことへの戸惑いである。2006 年に「No Boder「日本画」から/「日本画」へ」展(東京都現代美術館)を企画・担当した加藤弘子は、同展出品作家たちを繋ぐ傾向として「従来の日本絵画に受け継がれていた様々な要素、すなわち、余白、描線、情趣、日本的とされる風土、虎や富士といった画題」を挙げるⅱ。なるほど、山に光が射す一瞬の景色を線と余白の均衡の中捉える彼の作品は確かに、加藤が指摘する「従来の日本絵画に受け継がれていた様々な要素」を踏襲した日本画だとまずは位置づけることができよう。その上で、作品にはやや入り込んだ領域横断的な態度が垣間見える。
「絵をやるのに日本画も西洋画もありはしない。どちらでも変わりはなかろう」と述べたのは熊谷守一であるⅲ。虫や花、猫といった身近な生き物を、慈しみと、同時に分析的で化学的な眼差しで描いた油彩画で知られる守一だが、意外なことに若き日にまず学んだのは日本画だった。東京美術学校入学以降は油彩画の制作に専心し、日本画の制作からは離れていたようだが、1940 年頃に守一は再び日本画の制作を始めている。そしてこの時期はちょうど、勢いよく置かれた絵の具の塊を画面の中で構築していく表現主義的な作風が、色面への意識を強く感じる赤い輪郭線のある作品へと変化する時期と重なる。赤い輪郭線という守一のシグニチャーの表れについて、「線」を重んじる日本画の制作が何かしらの影響を与えた可能性が指摘されているⅳ。しかし蔵屋美香が様々な角度から述べているよう、守一は日本画はもちろん同時代の西洋絵画の研究にも熱心に取り組んでおり、ナビ派やクロワゾニスム、フォーヴィズムからの学びを隠さない作品が多く残っているⅴ。このように我々が守一を見るときに忘れてはならないのは、日本画/洋画、あるいは日本/西洋といった二項対立的な区分にとらわれず、その時々に必要な手法を取り入れながら自らの絵を確立していった守一の態度そのものである。ただし、石崎尚が指摘するよう、守一を「洋画家」として位置付けるならば日本画は付随的な扱いになるだろうし、守一のコレクターであった木村定三が望んだように、日本画こそ守一作品の真髄であるとするならば、近代日本美術史の記述はまた変わってくるだろうⅵ。
守一とは逆に、小島はまず油彩画を学び、そして日本画の道へと進んでいる。これまでの作品を俯瞰的に見ると、作家は、鉛筆や岩絵具、あるいは切り紙や一時期は鉄や真鍮を用いた細い線の彫刻といった多様な画材やメディウムを用いながら、常に何かが立ち現れてくる・あるいは立ち現れている瞬間を絵画という平面の中に掴もうとしている。ただし、彼の作品から受ける不思議な戸惑いの正体は、こうした造形に対する作家自身の強い探究心が様々なカテゴリーを越境する結果、カテゴリーと結びついた社会的な文脈からも作品が浮遊していることに由来するのではないか。このことは、自身の中にある「何か」を造形化する拠り所や方法を引き寄せていく中で、意識的にせよ無意識的にせよ選び取っていったもののように思える。この越境性は、次々と現れる異国からの新しい文化や表現を、編集・サンプリング的に昇華させながら自らの造形とその背景にある社会批評へと置換していった近代以降の日本の作家たちの、キマイラ的な態度とも異なっているⅶ。
作品をどのように社会と繋げるのか、あるいは繋げないのか。記述する主体はまずは誰なのか。美術を美術たらしめてきた家父長的な歴史観の見直しがカテゴリーの問題とともに切実な問題となっている今日において、今一度「日本画」を捉える記述の方法はきっといくつもある。作品が、外へと開かれる限りは。
(わたなべあゆみ・京都国立近代美術館 特定研究員/現代美術)
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ⅰ 小林信之「象形/あいだ/世界 ―小島徳朗の造形」『小島徳朗展』[フライヤー] 上野の森美術館ギャラリー、2014 年。
ⅱ 加藤弘子「NO BODER ―「日本画」から/「日本画」へ」『NO BODER 「日本画」から/「日本画」へ』[図録]東京都現代美術館、2006 年、11 頁。
ⅲ 金原宏之「熊谷守一 日本画の背景」『熊谷守一 ―超俗の画人、いのちのかたち―』[図録] 岐阜県美術館、2004 年、132-134 頁。
ⅳ たとえば以下を参照。蔵屋美香「守一の謎② 赤い線を引く」『没後40 年 熊谷守一 生きるよろこび』[図録] 東京国立近代美術館・愛媛県美術館、2017-18 年、104-105 頁。石崎尚「木村定三と熊谷守一」『守一のいる場所 熊谷守一』求龍堂、204-215 頁。
ⅴ 『没後40 年 熊谷守一 生きるよろこび』[図録] (同上) の各論を参照のこと。
ⅵ 石崎、前掲書(註4)。
ⅶ 関直子「キマイラの笑いと憂鬱」『百年の編み手たち 流動する日本の近現代美術』[図録] 東京都現代美術館、2019 年、8-14 頁。
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[ English Summary ]
This text examines Tokuro Kojima’s recent paintings through questions of description, categorization, and how artworks are positioned within social and historical frameworks…
This text examines Tokuro Kojima’s recent paintings through questions of description, categorization, and how artworks are positioned within social and historical frameworks…
“Methods of Description and the Windows That Should Be Opened”
Ayumi Watanabe
This text examines Tokuro Kojima’s recent paintings through questions of description, categorization, and how artworks are positioned within social and historical frameworks. Beginning with an observation of the works’ precisely constructed yet open and luminous compositions, Watanabe notes their apparent simplicity—resembling children’s drawings—while emphasizing that such qualities are in fact the result of sustained discipline and training.
Focusing on works such as Volumetric light(2022), she situates Kojima’s use of line and negative space within a tradition connected to calligraphy, where meaning and form emerge through bodily movement. At the same time, she highlights a distinctive sense of hesitation or unease produced by these works: despite the artist identifying as a Japanese painter, the paintings resist categorization within binaries such as East/West, Japanese painting/contemporary art.
Through a comparative discussion of Morikazu Kumagai, Watanabe frames Kojima’s practice as one that similarly moves beyond fixed categories, selectively adopting methods as needed rather than adhering to predefined artistic identities. Unlike earlier Japanese artists who synthesized foreign influences through editorial or sampling strategies, Kojima’s work is described as drifting free from category-based social contexts altogether, as a result of his persistent search for moments in which something comes into being within the pictorial plane.
In concluding, Watanabe raises broader questions concerning who speaks for artworks, how they are—or are not—connected to society, and how inherited art-historical narratives might be reconsidered. She suggests that there are multiple possible ways to describe “Japanese painting” today, so long as artworks remain open—allowing new interpretive windows to be formed.
— Ayumi Watanabe, Research Fellow (Contemporary Art), The National Museum of Modern Art, Kyoto